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豊臣秀頼の性格・運気・運勢を占ってみると

豊臣秀頼の性格・運気・運勢を占ってみると

豊臣秀吉の後継者となるも・・・

こんにちは、生方吉子(うぶかたよしこ)です。 

 

豊臣秀頼は、背が高いイケメンだったそうですね。

 

そのために、豊臣秀吉の本当の子どもではないのでは?といった疑惑が残る人物です。

 

徳川秀忠の娘・千姫とは仲睦まじかったようですので、愛妻家。

 

豊臣秀頼について調べてみました。

 

⇒ 豊臣秀吉の性格・運気・運勢を占ってみると

⇒ わずか2歳で亡くなったのはなぜ?豊臣鶴松の性格・運気・運勢を占ってみると

 

豊臣秀頼を九星気学で占ってみると?

■豊臣秀頼(2-5-2)

豊臣秀頼は、1593年8月29日生まれ。

 

本命星:二黒土星

月命星:五黄土星

傾斜宮:二黒土星

 

豊臣秀頼は、すべてが土の性に属すタイプで、一切の迷いがありません。

 

二黒土星は畑の土であり、万物を育む力をもっています。

 

まじめで勤勉であり、自分から率先して動くよりも、サポート役として周囲を支えたほうが、二黒土星の良さが発揮されます。

 

五黄土星は中国の黄土であり、荒野を表しており、強い腐食作用を持っています。

 

また九星のなかの帝王の星なので、その強さから、運勢は極端になりやすく、周囲への影響力は絶大なものがあります。

 

月命星に五黄土星を持っているので、一度決めたことは、確実に実行する意志の強さがあります。

 

この星回りは、まじめに物事を進める人なので、周囲は何も文句がいえず、黙ってしまっているだけということも。

 

豊臣秀頼が、このような資質から滅亡の道を歩んでしまったのだとしたら、誰も止められなかったのではないでしょうか。

 

九星気学で性格や運気を知りたい方は、「九星気学 本命星・月命星・傾斜宮でみる運勢 歴史上の人物と著名人」をお読みになってください。

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⇒ 【二黒土星】最も運気が強いのは?本命星・月命星・傾斜宮の組合せは?

 

豊臣秀頼の運気を九星気学でみてみると

■1598年 父・秀吉死去

豊臣秀頼の性格・運気・運勢を占ってみると

1598年は六白金星中宮年で、二黒土星は北にあり本厄です。

 

豊臣秀頼はまだ幼児なので、月命星の五黄土星をみると、五黄土星は東南にあり、運気は旺盛ですが、歳破がついています。

 

豊臣秀頼は、父・豊臣秀吉を失うと家督を継ぎ、秀吉の遺命により大坂城に移ります。

 

生方がこれまで調べたところでは、東南に本命星(幼児は月命星)が位置したときに、家督を相続している武将が多い傾向にあります。

 


■1603年 徳川秀忠の娘・千姫と結婚

豊臣秀頼の性格・運気・運勢を占ってみると

1603年は一白水星中宮年で、二黒土星は北西にあり、実をつけるときです。

 

二黒土星の定位には七赤金星が回座し、人間関係の拡大と喜びごとの暗示があります。

 

また、月命星の五黄土星は南にあり、前厄です。

 

前厄のときは陽の当たるときであり、世間の注目を集める暗示があります。

 

豊臣秀頼は、徳川秀忠の娘・千姫を娶ります。

 


■1611年 徳川家康と会見

豊臣秀頼の性格・運気・運勢を占ってみると

1611年は二黒土星中宮年で、花が咲くときです。

 

二黒土星の定位には八白土星が回座し、変化変動の暗示があります。

 

豊臣秀頼は、「千姫の祖父に挨拶する」という名目で、京都二条城で徳川家康と会見します。

 

徳川家康は七赤金星生まれなので、北にあり本厄でした。

 

⇒ 徳川家康の性格・運気・運勢を占ってみると

 


■1614年 大阪冬の陣

豊臣秀頼の性格・運気・運勢を占ってみると

1614年は八白土星中宮年で、二黒土星は北東にあり変化変動、そして暗剣殺です。

 

二黒土星の定位には五黄土星が回座し、五黄殺(自滅)の暗示があります。

 

また、定位対冲なので、運命の歯車が大きく動くときで、二黒土星にとっては最悪の運気のときといえます。

 

方広寺鐘銘事件を口実に大坂冬の陣が勃発すると、豊臣恩顧の大名が味方になってもらえず、豊臣秀頼が、徳川家康からの和議の申し出を受けることで、大阪冬の陣は終結します。

 


■1615年6月4日 自害

豊臣秀頼の性格・運気・運勢を占ってみると

 

1615年6月4日、大阪夏の陣において、徳川勢によって大阪城を占拠され、豊臣秀頼は自害して果てます。

 

この日の九星盤をみてみましょう。

 

年盤では二黒土星は南にあって前厄のときです。

 

二黒土星の定位には四緑木星が回座し、知名度アップの暗示があります。

 

月盤では二黒土星は定位の南西にもどり、後厄。

 

年盤の二黒土星には月盤の九紫火星が回座し、「離」の作用が働く暗示があります。

 

「離」の作用とは、死別の意味を含む、離れるということです。

 

豊臣秀頼は、1614年の大阪冬の陣のときに、悪い運気を変えることができるようなチャンスがあったはずなのですが、それがかなわず、そのままズルズルと豊臣家滅亡に追い詰められてしまったようです。

 

豊臣秀頼を宿曜占星術で占ってみると?

■豊臣秀頼【房宿】

宿曜占星術では、豊臣秀頼は房宿の生まれです。 

 

房宿は、魅力的な人が多い本命宿です。

 

不思議に集まる財運に恵まれた吉祥の本命宿であり、家風を隆盛に導くと言われています。

 

房宿さんは、困っている人には同情的ですが、自分が影響を受けない範囲で対応するなど、現実的です。

 

また、世間的な常識や他人の思惑には敏感ですが、自己本位な考え方が先行しやすい傾向があります。

 

房宿さんの性格や運気、相性をもっと知りたい方は「房宿: 宿曜占星術と九星気学・姓名でみる運気」をお読みになってください。

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⇒ 27の本命宿を人数でランキング!最も強い本命宿は?

 

 

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